2017/04/04

今回の南部タイの旅の最大の目的は、何回か書いている通りソンクラーの古い街並みを見ることにあった。


30年近く前に、やはりハジャイに宿を取って日帰りでソンクラーに遊びに来た時、人もほとんど歩いていないようなさびれた港町に立ち並ぶ、歴史を感じさせる中国式の建物がとても印象に残っていたので、果たして今はどうなっているのか、もう一度じっくりと眺めてみたかった。


その当時は、ここになぜそのような建築物があるのかまったく知らなかったのだが、今回改めてウィキペディアで調べてみたところ


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現在のソンクラー県庁所在地周辺には18世紀後半から多くの華僑が中国の広東省、福建省から渡来した。1769年には福建省漳州府海澄県出身の華僑・呉譲が税務官に任命されソンクラー家(ナ・ソンクラー)を建てた。呉譲は税務官の地位を利用しソンクラー家をソンクラー経済を操る一家にまで成長させた。1777年にはそれまでの国主が廃され、呉譲がソンクラー国主に任命された。この時、呉譲はルワン・ウィチエンキーリーの官位・欽錫名を下賜され、ソンクラー家はソンクラーの経済だけでなく政治をも操るソンクラー最大の名家にまで成長させた。


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とのことで、それで中国式の建物が多かったのだ。


関係ないけど、ナ・ソンクラー姓の女性タレントがいて、時々3チャンネルの朝のニュースショーに出ているね。







街並みの入口には、看板が立っていた

タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(1)




とうやら、昔と較べると、多少観光開発が進んでいるようだ。


ちなみに、一番上に書いてある「シンゴラ」は、同じくウィキペディアによれば


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マレー語のシンゴラ(Singola、サンスクリットのSinghala、ライオンの意味)に由来する。ソンクラー市の近辺にライオンの様な山があるからである。


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とのことだが、自分は、どの山がそれに該当するのかはわからなかった。




幅2-3mの細い道が700mほど続いている

タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(2)




時刻はお昼近くになり、天頂から照らす直射日光がきつくて汗をダラダラ流しながらの観光であったが、一軒一軒の家に趣があり、何度も立ち止まりながら、3回ほど往復してしまった。


観光地化が進みつつあるとはいえ、チェンマイなどと比較すればまだ訪れる人が圧倒的に少ないのだろう、街並みの中にはカフェやお土産物屋のようなものもほとんどなくて、いにしえの空気がまだ路地の間を漂っているかのようであった。




タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(3)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(4)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(5)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(6)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(7)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(8)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(9)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(10)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(11)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(12)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(13)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(14)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(15)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(16)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(17)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(18)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(19)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(20)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(21)


タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(22)




昔風に木の桶で豆花(?)を売っている店

タイ南部の街、ソンクラーの旧市街の街並み(23)









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