2017/09/07

今回の、スコータイ王朝の時代には副王都だったシーサッチャナーライの遺跡群のちょこっと観光。


最後は、ワット・チェディ・チェット・テーオの南側にあるワット・ナーンパヤーである。


ナーンは「女性」、パヤーは「王」という意味なので、直訳すれば「女王の寺院」ということになるのだが、パヤーはカムムアン(北タイ語)では「金」という意味になるので、ひょっとすると「金の女性の寺院」という意味なのかもしれない(どんな女性だ?(笑))。


パッと見た感じでは、ワット・チャーンロームワット・チェディ・チェット・テーオとほぼ同じ遺跡のように見受けられるが、実際には他の遺跡寺院と較べると少し時代が下った15世紀から16世紀の間に建てられたと考えられているらしい。




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タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー概観(1)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー概観(2)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(2)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(3)




この遺跡を特徴づけているのは、何と言ってもウィハーン(本堂)の壁が一部残っていることであろう。


シンハラ(スリランカ)様式のチェディ(仏塔)の前にあるウィハーン(本堂)跡の一角にトタン屋根がかけられており、その下に長さ5-6mほどの壁が一枚だけ残っている。


壁には狭い縦のすきまがいくつも開いているが、これはアユタヤー様式の寺院建築の大きな特徴なので、そこから建立された時代が遅いということがわかっているのだろう。


壁の一方には、植物のつるをモチーフにした非常に美しい漆喰彫刻のレリーフが残されており、これは必見だ。


なお、この彫刻は寺院名を取って「ナーンパヤー」と呼ばれており、この地域の金細工師は今もなおこのデザインをモチーフにした作品を作り続けているという。




タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(4)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(5)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(6)




寺院の脇には、かつては7つあったと言われているうちのひとつのウボソット(布薩堂)の遺跡もあり、上半分がなくなったチェディ(仏塔)も印象的だ。




タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(1)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(7)


タイ北部、スコータイ時代の遺跡シーサッチャナーライのワットナーンパヤー(8)




今回は、カムペーンペットに向かう途中に軽く立ち寄ったシーサッチャナーライの遺跡群であったが、これは2-3日かけてじっくり見る価値がありそうだ。


近いうちに、今度はここをメインの目的地としてもう一度来たいと思う。






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