2018/03/22

荒れ放題......と言ってもよくらい未整備だったお濠と城壁を最初に見てしまい、「これから先のスポットはだいじょうぶだろうか?」とちょっと不安を感じながら、次の目的地であるワット・マハータートへと向かう。


来た道を戻り、小さな案内看板にしたがって進むと、すぐにとてもきれいに整備された林のような場所へと入った。


遺跡公園とピチット川の間には今は国道が走りたくさんの家が立ち並んでいるが、もしかしたら昔はずっとこのような林が続いていたのかもしれない。


道もきれいにコンクリート舗装されていて、ほんの少し走ると、左手に大きなチェディ(仏塔)が見えてきた。


その横に大き目の駐車場もあって、そこには遺跡公園内とその周辺の地図看板も掲出されていた。


車を止めてその看板を確認すると、この遺跡公園内のみどころはそれほど多くないようだ。


その地図看板の脇には


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この公園は、プラヤーコートラボーンによって西暦1058年に創設されたピチットの旧市街があった場所と信じられている。
旧市街の遺構として残っているのは、城壁、お濠、ワット・マハータートのプラーン(クメール様式の塔堂)として知られている巨大な仏塔がある。
ほかにも、さまざまな年代にまたがる陶器や仏像などの遺物が発掘されている。
それ以外では、1977年に建てられたタムチャーラワンと呼ばれる市の柱、コ・シーマラーと呼ばれる島、よく知られた民話の「クライトーン」の登場人物の像などがある。


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と書かれていた。




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この後は、ここに出てくる場所を巡ってみることにしよう。


ともあれ、ワット・マハータートを見学だ。


遺跡の脇に立てられていた説明書きによれば


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寺院は、タイ国芸術局によって1935年に遺跡として登録された。
釣鐘型の丸いチェディ(仏塔)は倉もあり、かつては奉納額がたくさん納められていたと考えれているが、それらは後年盗まれてしまった。
チェディ(仏塔)の前にある建造物は、ウィハーン・カオ・ホーンと呼ばれる9つの小室を持つ本堂がある。
後ろ側には2重のバイセマー(結界石)に囲まれたプラ・ウボーソット(布薩堂)がある。
1991年に行われたタイ国芸術局によるウィハーン(本堂)の発掘作業では、スコータイとアユタヤーの2つの時代にまたがっていることがわかった。
その周辺では、寺院の境界を示す壁とチェディ(仏塔)の遺跡がある。


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とのことである。


パッと見た感じでは、カムペーンペットなどほかのスコータイ王朝の史跡と変わらず、正直言ってわざわざここまで来るほどのこともなかったかな、とも思ったのだが、ほかと一番違うところは人がぜんぜんいない!


スコータイはもちろん、カムペーンペットもシーサッチャナーライも平日に訪問したにもかかわらずタイ人、外国人双方の観光客が結構いたのだが、このピチットはほとんど人影すらなく、たまに見えるのは遺跡の中を通り抜けてどこかに行く、バイクか自転車に乗った村人だけ、といった感じだ。


そういう意味では本当にノンビリとしていて雰囲気もよかったのだが、いかんせんここ一ヵ所だけではあっという間に見学も終わってしまった。


太陽も高くなってきて少し暑かったので水分補給もしたかったのだが売店すらなく、自動車に乗り込んで次の目的地であるラックムアン(国礎柱)へと向かった。




タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(1)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(2)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(3)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(4)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(5)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(6)


タイ北部の街、ピチットの遺跡公園にあるワットマハータート(7)








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