2018/09/28

トゥートタイ村(ヒンテーク村)にある、今は博物館となっている麻薬王クンサーの元軍事基地を訪ねたあとは、本来の目的地であるメーサローンへと向かう。


トゥートタイ村(ヒンテーク村)からメーサローンへと直接行ける道もグーグルマップには載っているのだが、ストリートビューもなく道路の状態がわからないし、おそらくほとんどひと気のない山の中を走ることになるので、万が一車が故障したりしたら遭難しかねない。


ので、来た道を警察のチェックポイントがあるメーサローン・ナイという村まで戻り、メーチャーンからの国道1130号線に合流してメーサローンへと向かうことにした。


これだと一度かなり下ってからまた山道を登りかえすことになるが、所用時間は直接行くルールとほとんど変わらないようだし。









国道1130号線は平地(国道1号線)からメーサローンへと続く一番メジャーな道ではあるが、やはりところどころかなりの急勾配や路面状態が悪い箇所もあったりして多少気をつかいながらのドライブであった。


標高およそ1,100mの山の中にある小さな村、メーサローンは第2次世界大戦後に勃発した中国共産党との内戦に敗れ中国から敗走してきた段希文将軍率いる国民党93師団第5軍の兵士とその家族によって作られた。


もっとも、彼らは中国から直接ここに来て移り住んだわけではなく、最初は1949年にミャンマー北部に逃げこんだのだが、国外退去を求められここに移動してきたという(村の周辺には、メーサローンのように観光地化されなかった国民党の残党が暮らす小さな村が至るところにある)。


その後、一部の元兵士とその家族はケシ栽培など麻薬製造および密輸などに携わりながら大陸の中国共産党への反攻に転じることをもくろんでいたものの、最終的には武装解除してタイから居住権を与えられ国籍を取得した。


反共産党中国ということで共通する台湾から援助された木で栽培したお茶を筆頭としてさまざまな特産品を有し、風光明媚な土地柄と合わせ今や一大観光地となっており、ガイドブックにも掲載されるようになっている。


メーサローンの中心部は、自分が初めてこの地を訪れた1988年当時は今はちょうど7-11があるあたりからメーチャーン方向に降りていったところだったのだが、観光地として発展する過程でそれが移動して、それよりもずっと山の上に近いところになっている。


メーサローンでは唯一勾配のきつくない場所で、大きな学校や銀行、レストランにお土産屋などが立ち並んでいて、特に冬場の観光シーズンには駐車スペースが埋まり渋滞さえ起きるという。


3年連続となる今回のメーサローン訪問の目的はこの中心部にあって昨年目をつけておいた雲南料理レストランでのランチと、そのすぐそばにあるお茶屋さんでの茶葉買い出しなのでほとんど何も見ておらず、あんまり写真がなかった(^^;




タイ最北部、国民党の落人村メーサローンの看板


タイ最北部、国民党の落人村メーサローンの山


タイ最北部、国民党の落人村メーサローンの中心部


タイ最北部、国民党の落人村メーサローンの道路






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